プノンペン奮闘日記

2015年1月からプノンペン。現地で「Prettywoman」というガールズバーをやっています。

「だれと働きたいか?(WHO)」で仕事を選択することについて

「誰(WHO)と働きたいか?」で仕事を選ぶのは悪くないことだと今まで思ってたけど、最近になってこの考え方に少しだけ違和感を感じている。「○○さんと一緒に働きたい」って一見聞こえはいいけど、実際はその相手に依存しているだけで、むしろ自立できていない人の甘えであることが多いんじゃないかと。

 

ただこれも一概には言えなくて、たとえば宮崎駿高畑勲と一緒に働くために徳間書店を辞めてジブリを作った鈴木さんみたいに、相手と対等な関係で「こいつとは気が合うから一緒にやりたい」みたいなのはアリだと思う。そうではなくて「○○さんに憧れて、○○さんが好きだから」的な理由で働く人は、その相手に依存してることが多いから上司とか社長が適度に構ってあげないと仕事のモチベーションを保てない。そういう人は関係性が良いときは一生懸命やってくれるが、こっちが忙しくて構えなくなった途端にパファーマンスが落ちたりするので仕事の安定性としてはあまり良くない。

 

僕自身もわりとそうだが、学生のときは好きな先生とそうでない先生でその教科の成績がほぼ決まっていた。本当は先生(WHO)に関係なく淡々と勉強すればいいだけの話だけど、依存傾向の強かったぼくは先生の好き嫌いに思いっきり左右する。で、クメールの人たちもこのタイプが多い気がする。

 

彼らが最初に仕事を選ぶ基準は「職種(周りから見て格好いいか?)」だったり「給料」が主だけど、働き始めてから続くかどうかは”人”次第。上司の人柄が気にいればちゃんとやるし辞めない。「この人のために頑張りたいと思えるかどうか?」が彼らの行動規範にある気がする。それ自体は悪いことではないけれど、マネージャー(orオーナー)が変わった途端大量にスタッフが辞めたり、やる気が極端に変動されるのはリスクが大きい。

 

「○○さんのこと、好きだからがんばります!」みたいに言われるのは、上司としてはうれしいし有難いなけどそこにかまけないような注意は必要だと思う、「(周りは関係なく)自分の仕事を淡々とやります」みたいな人もいた方が組織がうまく回るだろうし。自分になびく人だけを可愛がるんじゃなく、そういう人ほど大切にした方がいいのかもしれない。