プノンペン日記

カンボジアで働いて感じたこと

占い師に見てもらいました

先日退社した従業員(♂)と店の外で電話していたぼくの様子を見た店の女の子が「ティーチャーの様子がおかしい・(前はあんなに声を荒げなかったのに)」と不安になりそのことを占い師に相談したらしい。相談料$25。確かにここ数日は出勤したらぼくの晩飯が用意されていたり、スタッフたちになにかと気を使われていた。

 

占い師によれば、ここ最近のぼくの行動がおかしい(?)のは誰かにキツく注意されたからで、女の子の間では占い師がその問題を解決したことになっている(このサービスは相談料に含まれている)。これはカンボジアの人にとっては普通の行動で、自分に振り向いて欲しい異性がいるときなんかは占い師を使う。「私のことを好きになれ」ってなもん。日本でも週刊誌の最後のページに異性を惚れさせる”媚薬”の広告が載ってたりするから根っこは変わらないと思う。

 

どちらにしても、スタッフを心配させるのは良い上司といえないからもう少し元気にいこう。

カンボジア人について③

当たり前の話かもしれないが「日本人に好かれる日本人はカンボジア人にも好かれる」なぁとうちのスタッフ達を見ていて思う。

日本にいたら嫌な相手でも立場上我慢することが多いけど、こっちの人は素直だから自分が嫌だと感じたらハッキリ態度に出す。言葉が通じない分、相手の行動だけを見るので、所属してる組織とか立場を抜きにその人の人間性だけを評価する。そのあたりの感覚はものすごく動物的だ。基本的に裏表のある人は警戒される。

ぼくも最初の頃はめちゃくちゃ警戒されてたのだが、1年以上一緒に働いているうちに少しづつ(本当に少しづつ)心を開いてくれた。で、そういう子達に囲らやまれていると自分もうそをつけなくなる。元々愛想笑いは苦手だったのだが、最近はすぐ態度に出てしまう。気持ちのいい人にはタダでも尽くしたいと思うが、そうではない人とは深入りしない。そういう自分の中の線引きがハッキリしてきた。

最近そういう人達とお付き合いさせて頂いているので毎日が楽しい。自分の好きな人とだけ接しているので精神的にもいい。客商売をやってる人間としては微妙かもしれけれど。

浪花節

こっちにきて硬派な環境に1年以上身を置いているせいか「相手の面子」とか「筋を通す」といったものを多少は気にするようになってきた。そういうことを気にしていると"山っ気のある人"(気持ちを大事にする人)に惹かれるし、お客さんを始め、自分の周囲も自然とそういう人に恵まれるようになるから不思議だ。

そういう人たちの特徴として、気に入ってもらえるうちはとことん贔屓にしてもらえる一方で、一度筋違いとか相手の面子をつぶすようなことをすれば一気に手のひらを返される怖さも常にある。たとえば、今までぼくのお店で毎日のように通ってくれたお客さんが突然うちお店の隣にガールズバーを出すとか…極端にいえばそういうことをされかねない。

もちろん人間だから失敗することはあるし、何でもかんでもちゃぶ台を返される訳ではないのだが、たぶんここで重要なのは失敗(行動)そのものより失敗をおこした原因(性根)。相手のことを考えてやらかした無礼なら謝って許してもらえる可能性もあるがその逆は厳しい。今までどれだけ尽くした相手でも、そこに気持ちがないと判断されれば今まで自分のとった行動が一気に薄っぺらく感じさせてしまう。そしてカンボジアにはそういうタイプの日本人が多いと思う。

ぼくはどちらかといえば、行動>気持ち派の人間で、気持ちの部分がまだまだ弱い。今の社長のもとで学んだおかげで"AI"から"普通の人間"くらいにはなれたかもしれないけど、もう少し情念の強い人間になれればいいなと思う。

「FACEBOOKの使い方間違ってるよ」と指摘されたので。。

先日ある方から「(あなたは)Facebookの使い方が間違ってる」という意見を頂戴した。

 

投稿の内容ではなく分量に対する指摘で「長文の投稿が多いからFBよりもブログ向き。(商売をやっている以上)記事をストックできるブログの方が良い。その方が閲覧数も管理しやすい」という商売目線のフィードバックだった。踏み込んだ意見だったので最初は「(若いから)なめられてるのかな?」と思ったけど、その人が善意で言ってることが伝わったので真剣に聞いた。結果、SNSの運用について見直す良い機会になった。

 

SNSの良い所は「(見ず知らずの)人から信用を得られるところ」だ思う。ぼくはFacebookを"身近な人への近況報告"&"最近知り合った人への自己紹介"のツールとして利用しているけど、いずれも狙いは「人から信用を得る(興味を持ってもらう)こと」にある。そのためには自分が考えたり感じたことをそのまま綴るが重要だと思っていて、文章の上手い下手よりも、自分の思ったことを素直に書くこと、文章として誠実であることが大切だと考えている。

 

仕事において、ぼくは旅行や出張でこっちに来られた方とはなるべくFBを交換するようにしている。海外で若い男が水商売をやってると警戒されることも多いが、そういう人達とFBで繋がってぼくの投稿を見ると「真面目なこと書いてますね」と言って割と信用してもらえたりする。ぼくのことを疑っていたあるお客さんは、ぼくと社長のFBを過去数年分に渡って全てチェックして「この人たちは大丈夫そうだ(詐欺師ではなさそうだ)」と判断したそうだ。その方とは今でも良くして頂いていて、そこの社長が来られたときは滞在期間中、毎日うちのお店に飲みに来て頂いた。

 

といった具合に、ぼくなりにFBは有効活用してるつもりだったので、FBの使い方に関して人から指摘を受けるとは思っていなかった。ただし、商売のことを考えれば、ブログとかWEBサイト等を準備して、旅行者や出張者がアクセスできる入り口を持っておいた方がいいのは間違いない。実際旅行者の方と話すと、現地情報を事前にネットで調べこんでいることが多いし、また9月から日本への直行便が通ることを踏まえても、ネットからのアクセスは確実に拾っていきたい。そこで、、今日からブログを身内に公開しました。

 

こちらは、ぼくのFACEBOOKです。

https://www.facebook.com/nansin.yokota

「お客さんとの距離感について」

水商売の特徴として、(良くも悪くも)お客さんと深い関係になりやすいということがあると思う。普通の人間関係であれば、昼間に名刺交換等をしておいてお酒を飲みながら徐々に距離を縮めていく訳だが、僕らの場合は出会いの場が下の席なのでいきなり至近距離から関係が始まる。これは相手との距離を詰めるという意味では大変良いことだが、最初の距離が近すぎるがために失敗することも多い。
 
 
たとえば韓国人の常連さん(Sさん)。こっちの大学に通っている学生さんで在住2年目。日本語を話せる方、かつ僕の方が年下だったので弟のように可愛がってくれた(韓国では年齢による上下関係が厳しい)。週2,3ペースでお店に来て、その人の仲間もお店に連れてきてくれた。僕の誕生日にはプレゼントも用意してくれた。お店に来たときは毎回僕にお酒をご馳走してくれる仲だが、この人とは今ほぼ絶縁状態にある。
 
 
あるとき、Sさんがお店の閉店時間ギリギリ(1:50)に来た。ぼくは1:48の時点で帰りのTAXIを呼んでいたので「やべ(タイミング悪い。。)」と正直思った。ただその人も1杯だけ飲んで帰ると言っていたのでtaxiには少し待ってもらおうと考えていた。それでその人と普通に会話を楽しんでいたのだが、そんな中あるスタッフが「ティーチャー、taxi待ってるよ!」とぼくに言ってしまった。「バカ野郎…」。。。その瞬間、その人は飲み途中だった自分のグラスを流し台に捨てた。僕の飲み途中だったグラスも分も捨てて会計を済ませて帰った。終始無言だった。
 
 
「悪いことをしたなあ」と思い、家に帰ってからFBでお詫びのメッセージを送ろうとしたらすでに友達関係を解除されていてメッセージを送れなかった。(ブロックはされていなかったので)その人のウォールを見たら、韓国語なので詳しい内容はわからないが「今日悲しい出来事があった」と綴られていて、恥ずかしながらそのとき初めて「僕はこの人を傷付けたんだな」と自覚した。謝ればなんだかんだ許してくれる(だろう)と考えていた自分は、この人との関係を軽く見ていたんだろう。
 
 
有難いことに、こっちに来てから、相手の方が、(自分が思っている以上に)自分のことを大切にしてくれていることが多々ある。※そして大抵はそのことに後から気付く。
 
 
Sさんに限らずだが、誰に対しても(謝ればなんとかなる)という気持ちを今でもどこかで持っている。そしてそれは間違いだということを約1年半の海外生活で少しづつ体感してきた。国外に住んでいる人たちは人数が少ないか人間関係が強固で、中でもカンボジアに住んでる日本人は1癖も2癖もある人が多い。気に入れば可愛がってもらえるがその逆も然り。それまでどれだけチヤホヤされていても、筋の通らないことをすれば一瞬で関係を覆される。「あ…世の中こうなってるんだなあ・・・」と日々。

ゆきし日の面影 ~カンボジア人に日本の江戸時代の面影を見る~

江戸時代の日本を訪れた外国人の紀行文を再編集した「逝きし世の面影(著者:渡辺京二)」。外国人の目から見た当時の日本人のことが紹介されているんだけど(概ね”絶賛”)、そのときの日本人の様子が今のカンボジア人によく似ている。曰く「時間を守らない」「全然働かない(1日4時間)」「野次馬根性の塊(すぐに仕事を抜け出す)」「子供が笑顔」時間の流れがゆったりとしていた。このことは母国が近代化していた欧米人にとっては居心地が良く感じられて「この貴重な文化を(近代化の波で)自分達は壊してしまうのか?」と日本の将来を憂う外国人もいたらしい。

 

以前相棒のテラに「日本人は年間に3万人自殺するんだよ」という話をしたら「カンボジアはたぶん100人もいないですよ」と教えてくれた。少し前は色恋のもつれで川に飛び込む人が結構いたものの(カンボジアのPVは昼ドラ系が多い)最近は落ち着いてきたらしい。月給150~200$の人が大半を占めるなかでコーラ1杯=0.5$という物価水準では生活しにくいだろうけど、身内で助け合ってなんとかやりくりしている。社会保障がしっかりしていないせいか、身内や近所で助け合う気持ちは強い。

 

ある日系のマイクロファイナンス会社によればカンボジア人の不良債権率は「0.15%」。日本人だと「借金がある=駄目なやつ」みたいな感覚があって借金があっても家族に言わない人が多いが、こっちの人たちはお金の貸し借りに抵抗がない。友人同士でもお金の貸し借りを頻繁に行うし、(事故とかで)身内で急にお金が必要になったときは三親等あたりまで声をかける。お店の女の子からも「(家で問題があったから)借金したい」とよく言われる。あまりにも無遠慮に言うから、最初は抵抗あったけど、彼女達の事情を知った今は「まぁ…ある程度仕方ないかな」という感じ。それでも、貸すのが当たり前”という態度の子にはいまだに腹が立つ。うちは金貸しじゃねえぞと。

 

これから社会保障が脆くなっていく日本は、カンボジアに見習うところがあると思う。原点回帰というか。モラル意識が高いのは良いけれど、「人(身内を含む)に迷惑をかける=悪」という考えを少しだけ緩めて、誰かが困ったときは身内近所で自然に助け合えるようにしていけたらいい。いまは自己責任論の風潮が強すぎると思うので。カンボジアの物乞いなんてタバコを加えたまま、食べ物をねだるんだから(しかもそれでgetできちゃう)。

 

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【人事】カンボジア人のマネジメントについて

最近お店がいい感じである。昔働いてたスタッフが戻ってきたり、元々いたスタッフが新しい女の子を紹介してくれたりと、お店の活気が戻りつつある。女の子の人数が多いとお客さんが好みの女の子を見つけやすい(リピーターになりやすい)ので、ホステスの人数は極めて重要。よそのお店からスカウトしてくるのは時間もお金もかかる割に確実性がないので、スタッフから紹介してもらえるのは有難い。あと今日、キャッシャーの女の子が「(本当は休みたいけど)週末はお客さんが多いから」と言って自分から休みの日をズラしてくれたのは嬉しかった。

 

カンボジアに来てから今まで、悩み続けているのはスタッフとの人間関係。東南アジアで仕事すると"日本人"というだけでマネージャーを担当するケースが多いと思う。僕の場合もそうで日本でのマネジメント経験が一切無い状態で取り組んだ。結果、塾の先生をやってたときはアシスタントの1人が辞めてしまったし、水商売に関わってからもたくさんのスタッフが辞めている。 こっちの人は日本人ほど我慢強くないので、仕事(主に上司)が気に入らなかったらすぐに辞めるし、また社会的にもそのことが許されている。「石の上にも3年」的な発想はない。だから、スタッフが辞めたことが100%自分のせいだとは正直思っていないけど、それでも、普段からスタッフをよく観察して早い段階から問題をつぶしていれば、辞めるのを防げたケースは間違いなくある。要するにぼくの器量不足。

 

こっちで商売してる日本人の方から「カンボジア人はすぐに仕事を辞める」という話を聞くけど、これは半分正解で半分間違いだと思う。現にうちのマネージャーの2人(ワンさんとテラ)はもう2年近く働いている。2人とも「どうすれば会社がよくなるか?」を考え、自学自習で動いている。「この人についていきたい」と思ってもらうこと。「この人は自分のことを大切に扱ってくれている」と相手に感じてもらうことが重要だと思う。 日本だとダメな上司でもスタッフが我慢してくれるけど(陰口を叩かれる位だけど)、日本人ほど我慢強くない外国人相手にそれは通用しない。「お前はダメだ」とはっきり言われるか、(黙って)辞められる。ぼくもスタッフ達から散々「ティーチャー、オッチャラート!(頭が悪い)」と言われ、仕事が終わってからは「全部、自分(君)が悪い」と社長に詰められた。本当に毎日説教されたのだが、言ってる内容はいつもシンプルで突き詰めれば「スタッフを大事にしろ」。

 

カンボジアに来る前、リーダーといえばカリスマ性を持っていることが重要で、資質的な要素が大きいと思っていた。実際にマネージャーのポジションを1年やってみてそれはあまり関係ないなと思うようになった。それよりもスタッフのことを大事に扱えるかどうか?や、相手に愛情を伝える努力(工夫)を続けられる、ある種の"マメさ"が人の上に立つ人に求められる重要なスキルだと思う。